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西部開拓魂〜フロンティアスピリット〜


WEST WARD HO!の合言葉と共に

Westward Ho!”『お〜い!西へ行こうぜ!』こんな合言葉と共に19世紀のアメリカは、『マニュフェスト・ディスティニー』(明白なる運命)に身を委ねる様に西へ西へと膨張し続けていった。
フロンティアと云う事場は、文字通りフロント“Front”〓“最前線”の更なる先を意味する。
その前線は、底知れぬ時代の力によって西へ西へと押し出され、グレートブレーンズ(大平原)を侵食して行く。 西への漸進運動は、太平洋に達するまで、絶えることなく続けられてきた。
何万人もの東部の人々が我も我もと西へ西へと向かいヨーロッパから移住して来た移民達も頭部には見向きもせずに未知なる荒野、西部を目指した。

ヨーロッパから来た人々にとって、新大陸アメリカの土を踏む事自体、既にフロンティアの意義を持っていた。  
ヨーロッパ大陸から来た、それぞれの希望や主義、主張を持った人々。
彼等はアメリカ大陸が与える自然的、社会環境の中で新しいアメリカ精神、フロンティアスピリットを形成していったのであった。

オレゴントレイル最大の難所であったロッキー越えを
目指す幌馬車隊。後のワイオミング州インディペンデンスあたり
夢・希望・苦難

18世紀後半までに、いわゆるアメリカ東部のフロンティアは開拓しつくされていた。
遅れてヨーロッパから来た移民たちは、自分たちの新天地を求めて必然的に西部を目指す。
更に産業革命の波及によって職を失い、新しい生活の道を模索しなくてはならなくなった小規模農業者たち。
彼等の前にも西部の原野があった。
もし、このようなフロンティアが無かったら彼等は農業を捨て、工業労働者への道を辿らざるを得ない。
それは、当然、低賃金労働や失業問題を引き起こし、社会の安定、工業の成長に深刻な影響を及ぼしたはずである。

フロンティアの西への進展は、驚くべきスピードで行われた。
ジョージ・ワシントン大統領の時の国勢調査では、東部のわずか6%にすぎなかったアパラチア山脈以西の人口が1840年の調査では、92%にまで増加し、東部と西部の比重は瞬く間に同じ位になってしまったのである。
開拓民たちは、大抵、100台くらいの幌馬車からなる隊列を組んで、西部を目指した。  インディアンの襲撃に備え、また、人々の団結を高める為に。
その一団は、更に四つの分隊に分けられ、それぞれの隊には隊長がおかれていた。  家族を連れ家畜を連れ、一行はひたすら西へと進んだ。
慣れない長旅と厳しい自然条件の下、負傷者や病人が続出した。
ミズーリを出発してから目的の西部までは概ね5ヶ月を要したが冬を避ける為、旅は大体5月〜12月の間が理想的とされた。

西部へ向かう人々が愛唱した曲は、例えばステファン・フォスターの哀愁を帯びた優しいメロディである『おお!スザンナ』が代表的だった。

I come from Alabama with a banjo on my knee,
I'm going to Louisiana and my true love for to see.
It rained all night the day I left, the weather it was dry
The sun so hot, I froze to death Suzanna don't you cry.
Oh Suzanna, oh don't you cry for me, I've come from Alabama
with a banjo on my knee. I had a dream the other night
when everything was still I thought I saw Suzanna
a-comin down the hill
A buckwheat cake was in her mouth, a tear was in her eye
Says I, "I'm coming from the South Suzanna don't you cry."
Oh Suzanna, oh don't you cry for me, For I come from Alabama with
a banjo on my knee.
上の歌詞の中で from Alabama from Californiaに換えて盛んに口ずさんだといわれている。

苦難の長旅の後に、更に辛酸の日々が続く。
全く道の荒野で開拓に従事する事は並大抵の事ではなかったであろう。
 しかし、彼等には、もはや帰る場所など無い。
自身の力で原野を切り開く以外に生きる手立ては無かったのだから。
開拓農民にとって、生活上無くてはならない『三種の神器』があった。
それは、風車有刺鉄線である。
風車は、大草原を絶え間無く吹きまくる強暴な風を、小麦を挽いたりする原動力に換えてくれた。
そして、有刺鉄線。これによってはじめて、草原で暮す人々の私有財産が確定したのだった。
それまでは、農民が苦労して育てた作物の畑を荒くれカウボーイ達が牛の群れを率いて容赦無く横切り農地が目茶目茶にされることが相次いでいた。

そして、更に忘れてはいけない道具

 


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