南北戦争の戦
西部戦線

南北戦争における主要な戦いと、それぞれの戦いの全体の流れに対する関係を理解するには、アパラチア山脈の東側で行われたものと、西側すなわち、ミシシッピー川流域で行われたものに分けるのが便利である。
戦いの名前については、南軍が町の名前にちなんで呼ぶ事が多いが北軍は、よく、川の名前を使った。
簡単ではあるが、紹介してみよう。

シャイローの戦い
(Shiloh)
1862年4月6日〜7日。
重要な鉄道連絡駅であるミシシッピ州コリンスに向けて南下中の北軍は、手前20マイルの地点であるテネシー州シャイローで、南軍の大軍の不意打ちにあった。
北軍は応援部隊がきてくれたので敗北を逃れ、また、戦いの2日目には、南軍の方が退却を余儀なくされた。
北軍はその後、コリンスを占領した。
コリンスの戦い
(Corinth)
1862年10月3日〜4日。
コリンスに駐屯する北軍を駆逐しようとした南軍は、大被害を受けて退却した。
ニューオリンズの戦い
(New Orleans)
1862年4月26日
メキシコ湾にいた北軍の海軍小艦隊は、街を防御する砦を避け、夜陰に乗じて街の東方に上陸。
数で劣る南軍を撃退した。
ヴィックスバーグの包囲戦
(Siege of Vicksburg)
1863年5月22日〜7月4日。
ミシシッピ州ジャクソン付近で、南軍の一方面軍を撃退した北軍は、さらに一方面軍と対峙。
南軍はヴィックスバーグに立てこもった。
長い包囲戦だったが、南軍は、降参した。
ヴィックスバーグ陥落でミシシッピ川水域全てが北軍の砲艦の支配下に入り、南部連合国は二分される事になった。
チカモウガ川の戦い
(Chickamauga)
1863年9月19日〜20日
双方の失策により、結果は引き分け。
(注:通常は南軍の勝利と見なされている)
北軍は一時的に退却したが、町を取り戻した。
(注:通常は北軍がチャタヌーガに退却したとされている)
チャタヌーガの戦い
(Chattanooga)
(1863年11月25日)
南軍は、北軍の構えるチャタヌーガを奪取しようとしたが、強力な応援部隊が北軍に加わり、大敗北を喫した。
アトランタの戦い
(Atlanta)
1864年9月2日
ご存知、「風と共に去りぬ」で有名。
チャタヌーガからゆっくりと南下した北軍の大部隊はアトランタで南軍と激闘。
その結果、南軍は北方のナッシュビルに向かって退却。
北軍の一部は、それを追走したが、残りの部隊は反撃に出会う事無く、海に面したサバナまでジョージア州を突切て進軍した。
サバナの戦い
(Savannah)
1864年12月21日
町を守る南軍は善戦したが、数で圧倒的に劣り、どうする事も出来ずに北方へ退却した。
コロンビアの戦い
(Columbia)
1865年2月17日
ヴァージニア州ピータースバーグを包囲中の部隊と合流する為にサバナから北上する北軍は、その途中でサウス・カロライナ州コロンビアを陥落させ、町を焼き尽くした。