首都ワシントンとホワイトハウス概説

建国当初、首都に定められていたニューヨークは、人口はせいぜい4万人くらいだったが、それでも各国人が住む国際的港町として活気があったようだ。
喧騒に満ちた港町が新しい共和国の首都と考える人は少なかったらしい。
その上、南北にのびた連邦側の国家としては北に偏っていた。
そこで連邦議会は、1790年に新首都建設の場所をもっと南のポトマック湖畔の土地と定め、翌年ワシントン自身がメリーランドとヴァージニアにわたる10マイル平方の土地を指定した。 この土地をコロンビア特別地区と名づけ、首都をワシントンと呼ぶのは、ワシントンとコロンブスの二人の業績を称えるモノである。
早速、新首都建設委員会が組織され、フランス人技師のピエール・ランファン少佐が指揮する事になったが、自由な身の黒人ベンジャミン・バネカーという自然科学者が国務長官ジェファーソンの推薦でこの委員会に加わったのは当時として画期的な事といえる。
完成までに歳月を要したので議会は臨時の議会をフィラディルフェアに移した為、
ワシントンがニューヨークに住んでいたのは1年余りにすぎなかった。
初代ワシントンが8年間務めた後、2代目ジョン・アダムズの4年目にようやく大統領は新しい官邸に移ったが、その年の選挙で破れたので1年足らず住んだにすぎず、結局1801年3月に未完成の首都ワシントンで最初の大統領就任式をあげたのは、3代目のドーマス・ジェファーソンだった。
 しかし、この時の大統領邸は、1812年に始まった米英戦争の時、イギリス軍に占領されて炎上する。
1814年12月24日に平和条約が調印されたが、それを知らなかった両国軍は翌年の1月8日、ニューオリンズで激突し、アンドリュー・ジャクソン将軍率いるアメリカ軍の前にイギリス軍が大破した、という奇妙な形の戦争である。
 この戦争も幾つかの影響を後世に残した。
炎上した大統領官邸は白い色に統一して復旧され、やがてホワイトハウスと呼ばれる様になった。 また、この戦争を契機にアメリカ人の自立が一層確立され、それまで東のヨーロッパに向かっていた目が西に広がる大地に向けられるようになった。

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